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2012年1月

2012年1月31日 (火)

◆ よみがえりの森 千年の村 クニ子おばばの焼畑物語

128日(土)NHKBSプレミアム、夜10時からのHV特集「秘境椎葉クニ子おばばの焼畑 特撮で描く不思議の森・千年の村・夜通し神楽」1時間30分の長い番組であったが、クニ子おばばの生き方を通して、日本唯一の焼畑農業を紹介している。

私はもう、15年ぐらい前に椎葉村のクニ子おばばの家に行き、泊めていただいたことがある。そして、近くの集会所で椎葉神楽の稽古を見せてもらった。テレビではクニ子おばばは84歳(?)だが、私がお会いした時は70歳ぐらいだったのだろう。

椎葉焼畑農業について

椎葉村は九州山地のほぼ中央に位置する山深い村。深い谷が幾重にも重なるように村をえぐり、人の往来も困難を極めるところ。こういう土地に生きる人が、暮らしの糧を森林に求めるのは想像がつく。平地のない山里で、山の一部を畑に変え、収穫を得る。その農法の一つとして始まったのが焼畑である。焼畑農法とは、森林を焼き、その焼灰を養分として作物を栽培する農法だ。

焼畑は4年で一サイクル

8月に天候の様子を伺いながら火入れを行う。その火が燻ぶっているかいないかの内に、ソバの種をまき始める。秋、10月にソバの収穫をする。冬を越した2年目、5月にヒエかアワの種を蒔く。そして、3年目は背丈の高い雑草が生えるため、その雑草に負けないアズキを蒔く。4年目はこれとは対照的に、雑草もあまり生えないので、ダイズを蒔く。

これが焼畑の一代、4年サイクルだ。焼畑では、年ごとの地質と作物の適性を考えて、このように種を蒔く順番が決まっている。このサイクルはこれまで変えられることはない。

そしてこの4年が終わったら、あと、10年~20年休ませて森に還す。これが本当の意味での1サイクルだから、焼畑農業は気長に、丁寧に森と付き合わなくてはならない。

クニ子さんは言っている。

1年でも焼畑をやめたら、もうその種がなくなることでしょ。それに、日本で焼畑はここだけ。よけい守らにゃならん。」「太陽、お月さま、山の神様にずっと感謝しておる。」「生きて、子孫を残すために、ちゃんと世わたりをする。」

日本唯一の焼畑を守っているクニ子おばば、まだまだ長生きして、人も自然の一つだという生きざまを伝えてほしい!と思った。

2012年1月29日 (日)

◆ ベルニーニの彫刻《アポロンとダフネ》から谷川俊太郎の詩《き》がひらめいた

今朝、NHKEテレ「日曜美術館」の後にする「美術館情報」は、ローマのボルゲーゼ美術館だった。ここには、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの大理石の彫刻の傑作がいくつも所蔵されていた。その中で《アポロとダフネ》の作品の紹介があった。

[美しい娘ダフネに恋して我が物にしようと迫る太陽の神のアポロン。しかし、その手がダフネに触れた瞬間、彼女は月桂樹の木へと姿を変える。5本の指は茂る枝葉へ変貌し、足先から根が生え、体は見る見る木の皮に覆われていく。ふたりの絶妙なバランスと躍動感、劇的な一瞬を見事に切り取っている。神話の世界があたかも目の前で起こっているような緊迫感。発表当時、ローマ中の人々がこの作品を見るために押し寄せ、口々に「これは奇跡だ」と語ったと云われている。] 

ファイル:ApolloAndDaphne.JPG「アポロンとダフネ」(ローマ・ボルゲーゼ美術館) 

この彫刻の説明を聞いた時、私はあっ谷川俊太郎の詩集「はだか」の中の「き」の世界だと思った。最も私が好きな作品で、これをダンス作品にしたこともある。

谷川俊太郎 「き」

ぼくはもうすぐきになる

なかゆびのさきがくすぐったくなると

そこからみどりいろのはっぱがはえてくる

くすりゆびにもひとさしゆびにも

いつのまにかはっぱがいっぱしげってきて

りょううではしなやかなえだになり

からだはしゃつのしたで

ごつごつしたみきにかわっている

あしのゆびがしめったどろにとけていって

したはらになまぬるいみずがしみこんでくる

そうしてぼくはもうがっこうへいかない

やきゅうにもつりにもいかない

ぼくはうごかずによるもそこにたっている

あめがふりだすととてもきもちがいい

だれもそこにいることにきづかずに

いそぎあしでみちをとおりすぎていく

ぼくはもうかれるまでどこにもいかない

いつまでもかぜにそよいでたっている

2012年1月28日 (土)

◆ NHK BS1「SAMURAI」再 「相撲」

サムライ・スピリット、今回のテーマは「相撲」でした。

小さい力士が大きな力士に勝つことができるのは技を巧みに使うことができるようする。

相手に力を出させて、自分が小さな力でも倒すことができる技について、いくつか披露してくれた。

下から入り込み、かいなを返し、相手の重心を挙げて力が入らないようにしてしまう。また、相手は重心を上げられて、どうにかして戻そうとする、その力を利用して、戻そうとする方へ倒す。簡単に倒れる。・・・・・などいくつか。

格闘家のニコラスペタスは宮城野親方に稽古をさせてもらっている。稽古の中心は四股を踏む。1日に200回から300回行うそうだ。

その後、横綱・白鵬にも身体を合わせてもらっている。白鵬は15歳でモンゴルから来日した。その時は身長175センチ、体重62キロ、なんとか細い身体だった。はじめの頃は、稽古もしないで、ただひたすら食べて、大きくなるようにさせられた。現在は身長192センチ、体重152キロ。関脇・豊ノ島は横綱と相対した時、仕切っている時に、とても大きく見える、こっちはもうつぶされそうな感じがするそうだ。

横綱の条件として、強いのはもちろんだが、品格が必要。そして、横綱であり続けることがとても難しい。

2012年1月26日 (木)

錦織、完敗 4強逃す 「まだ、勝てる気がしない」

昨日、昼間に「錦織・マリー戦」はどんな試合展開になるのか、テレビの前で観戦した。後でのニュースでわかったのだが、日本中で固唾をのむように観ていた。

世界ランキング4位のアンディ・マリーにストレート負け。

マリーについて錦織は「今の自分のテニスに一番近い選手かなと思う。目指しているテニスだ」、「どんなに強打しても、マリーが緩い球で返す。自在に試合を組み立てられ、走らされた」、「トップ選手は3セットで勝ち上がってくる。実力がないと体力切れになってしまう。グランドスラムを取るにはすごい実力がないと勝てないと思った。」と。

マリーは錦織について「錦織は何度か良いショットを打ってきたが、私の方が堅実だった。彼はたくさんのラリーを必要とするプレースタイルで、長い試合を戦ってきたことも私にとって有利だった。大きな勝因は私が錦織より20センチほど身長があったことだろう。」と言っている。

錦織にとっては、もう半歩、球に近づけたら、余裕のあるショットが打てたのだが、その体力がまだこれから必要なのだろうと思った。

2012年1月25日 (水)

高田瞽女ゆかりの地、上越高田へ

1月18日から19日にかけて、上越高田へ行った。JR信越本線高田駅から、本町通りにある「きものの小川」の店を訪ねた。小川さんは「高田瞽女の文化を保存発信する会」の活動を行っている方。一緒に行動している濁川さんにもお会いすることができた。

高田はとても雪深いところと聞いていたが、この日は、道路にはほとんど雪がなく畑などに少し積もっていたぐらいだった。

高田とは(パンフレットより)

高田は城の三方を「侍屋敷」が固め、その外側に雁木のある「町屋」が連なっていた。越後高田町家三昧の界隈には瞽女さんの町家が集まり、助け合って暮らしていた。そして瞽女の旅は雁木の端から始まった。

瞽女さんについて(同じくパンフレットより)

瞽女は常に農村を歩いて稼業を営み、瞽女宿は無償で食事と宿を提供した。地主や裕福な農家が瞽女宿となって、夜は村人を集め唄と語りを聞かせた。娯楽の少ない時代の楽しみだったが、頸城郡の大地主は戦後の農地改革で没落していき、瞽女宿も瞽女も消えた。

お二人とのお話の後、日本で一番古い映画館「高田日活」を見学させてもらう。ボロボロのレトロな映画館だが、最近になって、市民のNPOを立ち上げ、補修、運営が行われている。床や座席などに手が入り、冬場以外なら、寄席などにも使っている。昨年は映画「シグナル」の撮影場所にもなったようだ。レトロマニアなら(映写機もすごい骨董品)飛びついていくような魅力のある映画館だった。

もう一つの見学地は「高田小町会館」。ここには、「高田瞽女ゆかりのマップ」や「簡単な資料」がある。

私が自分のソロダンス公演でテーマにした斎藤真一さんの絵画を沢山、コレクションしている北海道の池田氏が、昨年、コレクションの多くを上越市に寄贈することになった。近々(まだ未定だが)上越博物館にて、池田コレクション(ほとんど斎藤真一の絵画である)を展示することになっている。

宿泊は直江津港の近くの鵜の浜温泉へ。夕方着いて、あまりにも日本海に沈む夕陽がきれいだったので、200メートル先の「夕日の森展望台」まで見に行った。

S20120118pict0001 高田日活

S20120118pict0002 日本海に沈む夕日

2012年1月24日 (火)

プレイスタイルを変えた錦織圭のテニス

23日NHKテレビ「アスリートの魂」は錦織圭を取材した。

強烈なショットのエア・ケイでおなじみの攻撃テニスから、〈ウィニング・アグリー〉我慢のテニスへプレイスタイルに変えた。両足を地面につけて、ジャンプをしないで、ねばって、ねばって、相手のミス誘う。その結果、昨年11月には、世界ランキング1位を破る快挙。世界トップテン入りを成し遂げた。

長い時間でも耐えうるような身体を鍛えるために新たなトレーニングを行っている。「怪我をしない強い身体づくり」をめざす。今まで、腕だけにたよって振っていたのを、腰や他の筋肉を使うためのトレーニンを行っていた。室伏などのトレナーで体幹筋力をつけることに力点をおく方法。「勝つことをあきらめない!」テニスへ。今始まっている全豪オープンの結果がたのしみだ。

昨夜のニュースより、全豪オープン戦で、ベスト8に進出。すごい!

明日、24日(水)の準々決勝がたのしみだ。

2012年1月20日 (金)

昨年11月のダンス公演「絵画からの贈り物」より

昨年112425日ダンス公演〈それぞれのソロ〉「絵画からの贈り物」を行いました。

第一部は文月若さんのソロダンス 速水御舟「炎舞」より

第二部は野口祥子のソロダンス 斎藤真一「星・陽・月」(越後瞽女日記)より

そのチラシより

画家の斎藤真一さんはなぜ、瞽女さんに魅かれたのだろうか。そして、何十年も瞽女さんを追いかけて、哀愁と魂のこもった絵を描き続けたのだろうか。・・・・・中略

私は斎藤真一さんの絵を見る以前から、『盲目の旅芸人・瞽女さん』にどういうわけか心魅かれていました。『私の踊り』とどこかで繋がるような気がずっとしていたからでしょう。・・・中略

斎藤真一さんの瞽女さんの絵は、『私なりの想いで踊りを創りなさい』と言っているように思えました。・・・・・・中略

今、私は斎藤真一さんの瞽女さんの絵を、私の身体を通してどのように表現できるのか模索し、深めていきたいと思っています。

出演 野口祥子 文月若 梅田光雄(ギター)桜井真樹子(うた)

会場 せんがわ劇場(京王線 仙川駅下車3分)

舞台監督:吉松章 音響:小宮聖子 照明:しもだめぐみ 和紙作家:久光寧子

共催:ひめしゃら塾 文月舞踊研究所

写真撮影:野口克也

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2012年1月17日 (火)

須籐元気のパフォーマンス〈WORLD ORDER〉

先日、朝のテレビで、突然お茶の間にとび込んだ「須籐元気のワールドオーダーのパフォーマンス」に目が引きつけられた。世界中をめぐっていろいろな場所でパフォーマンスを行っている。飛行場、道路で、ロビーのようなところで、居酒屋で・・・・など。

もともと格闘家であるのに、歌もうたい、ダンスを行う。なんて面白いグループだ。

動きにキレがあり意外性のあるモーション。マイケルジャクソンのようにキレのある激しい動きを思わせるが、それをスローモーションで動く。それに、動きと動きの間に遊びがない、居着かない、踏ん張らない動きで鍛えられていると思った。そして、骨を動かしている身体技法がここにあるな。と感心した。WORLD ORDERは、ユーチューブで見られる。

2012年1月13日 (金)

本の紹介 「私たちは いつまでも 忘れない」被災地巡礼の記録 著者 木戸満知子

この本は、東日本大震災が起こったのち、舞踊家としの私に何ができるのだろうと考えたすえ、「踊ることは祈ること」だと想い、大地震で亡くなられた方を追悼する「鎮魂の祈りの舞い」を行うことを決意した。幸いに山本佳克さん、木戸満知子さんという賛同者をえることができた。岩手、宮城、福島の被災地をめぐり舞わせていただいた19日間の旅の記録である。

それを、同行してくれた木戸満知子さんが記録としてつづってくれました。

本の帯に梶原得三郎さん(中津・草の根の会代表)が書いてくれました。

[旅の目的は、「鎮魂と祈り」。被災地に寄り添い、やさしさに満ちた3人の被災地を巡る旅の記録である。旅の発案者で「ひめしゃら塾」を主宰する舞踊家は66歳、東日本大震災後、軽の四駆を買い、全行程のハンドルを握った元商社マンは51歳、そして若いころ病弱に苦しんだ日々、さまざまな療法を体験した、この本の著者は61歳。

鉄則は被災地に負担をかけないこと、一切の野心を排すること。「鎮魂と祈り」の創作舞踊の演目は5つ、130分。会場の一角にヨガマットに横になり、著者の「結い気マッサージュ」を受ける人の姿があった。帰宅の前夜、3人は「チームひめしゃら」を結成した。]

定価 1300円 発行・発売:本の泉社 TEL0358008494 mail@honnoizumi.co.jp

2012年1月12日 (木)

本〈「骨盤おこし」で身体が目覚める〉からのヒント2

この本の中で、古武術研究家の中島章夫先生がいくつか書かれているところがある。

「スポーツ競技では身体を運ぶのに地面を蹴り出しますが、武術では地面を蹴りだすことはありません。そして、余分な力を使わないように稽古する」とある。

私のワークショップでも、ナンバ的身体技法のレッスンの基本はナンバ歩き、ナンバ走りで、いかに地面を蹴らないで身体を前に運ぶためにはどうするかを考えながら行っている。骨盤はやや前傾し、膝先と足先は同じ方向で、一回一回に地面に着いた脚にしっかり乗る。また、足裏は猫が地面にファット着くように着地する・・・・などに着目してやや速足で歩くことにしている。

この本は、文中に写真協力をしている中井理恵さんからいただきました。中井信一・理恵さんはダンスジャルダン大森山王ステューディオ主宰。ここで、私はここ数年、ダンスワークショップを行っている。(毎月 第1,3水曜日 午後7時~8時30分 電話 0337737191

2012年1月11日 (水)

本〈「骨盤おこし」で身体が目覚める〉からのヒント1

ダンスをするのにとても必要な要素としては「バランス力」がある。私がバランス力をつけるのに、一番気をつけていることは、自分の身体の骨に着目しいる。この本にも、〈本当に必要なバランストレーニングは「筋力バランス」ではなく「骨格バランス」なのです。〉と書いてありました。そして、「骨格バランス」を養うために「骨盤を立てる」ことにいついて詳しく書かれている。

本の紹介 「骨盤おこしで」で身体が目覚める~1日3分、驚異の「割り」メソッド~ 著者 中村孝宏 春秋社

2012年1月 7日 (土)

ワークショップ「ナンバ的身体技法のレッスン」のお知らせ

ナンバ的身体技法のワークショップをいくつか開いています

★「ナンバ的身体技法のレッスン」

古武術から学んだ要素をとり入れ、身体に無理なく、筋力にたよらず、合理的に動く身体技法を学ぶ。それによって、普段の生活、歩き方、座り方、それぞれの仕事などを疲れない、無駄がない動きにするように自ら工夫ができるようになる。また、各種スポーツや表現(踊る、歌う、演奏するなど)の上達にもこの身体技法はとても有効です。長く学んだかたでも、初心者でも、ご自分の身体をより深く探ることができ、絶えず新たな発見があるでしょう。何歳になっても身体の使い方と動きは成長していきます。

毎月第二木曜日 午後6時30分~8時15分 会場 烏山区民センター(変更することがある) 会費2,000円 申込み03-3480-4478(野口さち子)

★「ナンバ的発想によるダンスの身体技法」

毎月 第1、第3水曜日 午後7時~8時30分  会場 ダンスジャルダン大森山王ステューディオ 会費2,000円 申込み 03-3373-7191(中井信一)

★「自分のからだをみつめ 老いを止める 楽しいダンス」

毎月 第2水曜日 午後1時~3時  会場 芦花公園団地12号棟1F集会場 費用2,000円 申込み 03-3480-4478(野口さち子)

2012年1月 6日 (金)

なぜ、ダンスの身体技法に古武術から学んだことをとり入れたか

私はなが年、学校でダンスや民俗舞踊をおしえてきました。

それから、舞踊作品を創作発表してきた。

いつも身体の構造を考えながら、自分のトレーニングや他者に教えることをしてきました。

ある時(もう20年以上も前になるが)甲野善紀さんと出会った。(実際にも、本の中でも、稽古会でも・・・)その時、一番印象に残った言葉は「常に今までの理論を乗り越え、否定し、さらに有効な理論を見つけ、技を進展させたい。歳をとっても自分の身体は以前より磨かれていってると思う」というようなことを。

私は甲野氏より5歳ぐらい年上だが、今、現在67歳。武術から学んだ身体技法を行いながら、ますます身体の機能が成長しているように思う。30分以上踊り続けるソロダンス公演もできる。

このブログは老いていく自分の身体にフォーカスして、どのように学んできたか、またどのように学んでいくか記録として、書いていきたい。

2012年1月 5日 (木)

はじめまして

今日からブログを始めます。

よろしくお願いいたします。

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