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2012年9月 5日 (水)

◆ 東日本大震災被災地を巡る鎮魂と再生への祈りの旅(7)~宮沢賢治記念館~

今回の祈りの旅の最後の日程は「宮沢賢治記念館」の見学だ。

私は以前にも来館した記憶があるが、新しくなったのか、初めて入るような気がした。

たった1時間の見学時間もあっという間に過ぎてしまうほど賢治についての魅力が満載している、まだまだここにいたかった。

この館のパンフレットから

「宮沢賢治の深遠な思想と、詩や童話、教育や農業などの理解は容易ではない。本館は環境・信仰・科学・芸術・農村・総合・資料などの展示からなり、視覚的に宮沢賢治の全体像に近づこうと試みた。~中略~まことの道、い―ハートヴの世界を、あなた自身で感じとっていただきたい。」とある。

S20120118pict0040 宮沢賢治記念館の入り口

私は宮沢賢治の作品が好きだ。

数年前に「原体剣舞連」を舞踊作品にしたことがある。

この館の一番奥にその資料と原体村の「剣舞い」の映像があった。

「ダーダーダーダーダースコーダーダー こよい異装のげん月のした 鶏の黒尾を頭巾にかざり 片刃の太刀をひらめかす 原体村の舞手たちよ・・・・・・・」と始まり長い詩になっている。

本当に鶏の黒尾を抜き、頭巾の頭にかざっていた。

げん月のした、かがり火を焚いて激しく踊る光景を見て、賢治はあの「原体剣舞連」の言葉を生み出したのだろう。私は資料と映像に見入った。

受付で「あの映像ビデオ」があったら買いたいのですが、と尋ねたら、「売り物にはありません」と言われてしまった。残念!

S20120118_040 私の舞踊作品「原体剣舞連」より

もうひとつ、もう20年ぐらい前に「おしらさま」を舞踊作品にしたこともあった。

 

「東日本大震災被災地を巡る鎮魂と再生への祈りの旅」の終着点は「新花巻駅」。ここで、解散して新幹線「やまびこ号」に乗り、東京に向かった。

 

  おわり

 

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